コラム
交通事故で健康保険は使える?使うべき場面と手続きの流れを解説
2026.09.29 交通事故の基礎知識交通事故で怪我をした場合、医療機関の窓口で「交通事故には健康保険が使えない」と言われることがあります。そのため、使えないものだと理解されている方が少なくありません。
しかし、交通事故による怪我であっても健康保険を利用することはできます。むしろ、状況によっては健康保険を使ったほうが、最終的に受け取る金額が多くなる場合もあります。
この記事では、健康保険を使える根拠、自由診療との違い、使うべき場面、必要な手続きについて整理します。
① 交通事故でも健康保険は使える
健康保険法や国民健康保険法には、交通事故による怪我を対象外とする規定はありません。したがって、業務中の事故など別の制度が適用される場合を除き、健康保険を利用できます。
厚生労働省も、第三者の行為によって生じた傷病について健康保険を使用できることを通知で示しています。
なぜ使えないと言われるのか
医療機関が健康保険の使用を断ることがあるのは、法律上使えないからではありません。いくつかの事情が背景にあります。
- ・自由診療のほうが診療報酬の単価を高く設定できる
- ・第三者行為による傷病届など、保険者への届出の手続きが必要になる
- ・加害者側の保険会社との精算が生じ、事務の負担が増える
これらは医療機関側の事情であり、患者が健康保険を使うことを妨げる法的な根拠にはなりません。使用を希望する旨を伝え、それでも応じてもらえない場合には、加入している健康保険の保険者に相談する方法もあります。
② 自由診療と健康保険診療の違い
| 比較項目 | 自由診療 | 健康保険診療 |
|---|---|---|
| 窓口負担 | 原則なし(保険会社が直接支払う) | 3割(年齢等により異なる) |
| 診療報酬の単価 | 医療機関が設定。1点20円程度のことが多い | 1点10円 |
| 治療費の総額 | 高くなりやすい | 抑えられる |
| 使える治療 | 制限が少ない | 保険適用の範囲に限られる |
自由診療では、医療機関が診療報酬の単価を独自に設定できます。健康保険診療の2倍程度に設定されることが多く、同じ治療でも治療費の総額が大きく変わります。
窓口での負担がないため、被害者にとっては自由診療のほうが楽に感じられます。しかし、この治療費が後の精算に影響することがあります。
③ 健康保険を使うべき場面
すべての事故で健康保険を使うべきというわけではありません。次のような場面では、健康保険の利用を検討する意味があります。
こちらにも過失がある場合
最も重要なのがこの場面です。過失割合がある場合、治療費を含めた損害の総額から、自分の過失分が差し引かれます。
治療費が高額であるほど、差し引かれる金額も大きくなります。健康保険を使って治療費を抑えることで、手元に残る金額が増えることになります。
たとえば、過失割合が2割の事案で、治療費が自由診療で100万円かかったとします。
損害の総額からこの100万円が差し引かれ、さらに2割の過失相殺がなされます。
健康保険を使って治療費が50万円に抑えられれば、その分だけ他の費目に充てられる金額が増えることになります。
自賠責保険の枠を超えそうな場合
傷害部分について、自賠責保険から支払われる上限は120万円です。この枠内には、治療費・休業損害・慰謝料がすべて含まれます。
治療費が高額になると、この枠を治療費だけで使い切ってしまうことがあります。相手が任意保険に加入していない場合には、慰謝料を受け取れなくなるおそれもあります。
健康保険を使って治療費を抑えることで、慰謝料などに充てられる部分を残すことができます。
相手が任意保険に加入していない場合
相手が任意保険に入っていない場合、治療費の支払いは相手本人に請求することになります。資力がなければ、回収は困難です。
この場合、健康保険を使って自己負担を抑えたうえで、自賠責保険への請求を行うという流れが現実的です。
治療が長期化しそうな場合
保険会社が治療費の支払いを打ち切った後も、治療を続ける必要がある場合があります。その際、健康保険を使うことで自己負担を抑えられます。
支払った自己負担分は、後の示談交渉において請求することができます。
④ 手続きの流れ
第三者行為による傷病届
交通事故で健康保険を使う場合、加入している保険者に対して「第三者行為による傷病届」を提出する必要があります。
これは、本来加害者が負担すべき治療費を保険者が立て替える形になるため、後に保険者が加害者へ求償するための手続きです。
| 提出先 | 加入している健康保険の保険者 |
|---|---|
| 会社員の場合 | 勤務先を通じて健康保険組合または協会けんぽへ |
| 自営業などの場合 | お住まいの市区町村の国民健康保険の窓口へ |
| 後期高齢者医療制度 | 市区町村の窓口へ |
必要となる書類
- ・第三者行為による傷病届
- ・事故発生状況報告書
- ・交通事故証明書
- ・同意書
交通事故証明書は、自動車安全運転センターで取得します。警察に事故の届出をしていないと発行されませんので、事故の際には必ず届出を行っておくことが必要です。
なお、物件事故として届け出た後に痛みが出てきた場合には、人身事故への切り替えを申し出ることになります。時間が経つほど事故との関係を示すことが難しくなりますので、早めに医療機関を受診し、診断書を取得しておくことが望まれます。
同意書は、保険者が加害者側へ求償するにあたり、必要な情報の照会に同意するものです。これらの書類は、保険者の窓口やウェブサイトで様式を入手できます。
届出が遅れた場合
届出の前に健康保険を使って受診することもできます。その場合、後から届出を行うことになります。
ただし、届出をしないまま放置すると、保険者から医療費の返還を求められることがあります。受診を始めたら、速やかに手続きを行っておくことが望まれます。
⑤ 健康保険を使わないほうがよい場合
一方で、健康保険への切り替えが必ずしも有利とは限りません。次のような場合には、自由診療のまま進めることも考えられます。
こちらに過失がない場合
過失割合が10対0であれば、治療費の全額を相手方が負担します。治療費が高額になっても、こちらの受取額が減ることはありません。
この場合、自由診療のまま治療を受けても不利益は生じません。窓口での負担もなく、手続きの手間も省けます。
保険適用外の治療が必要な場合
健康保険では、適用の範囲が定められています。範囲外の治療や検査については、健康保険を使うことができません。
必要な治療が保険適用外である場合には、自由診療で受けることになります。その費用は、事故との関係が認められれば損害として請求できます。
手続きの負担を考慮する場合
第三者行為による傷病届の提出や、医療機関との調整には手間がかかります。怪我の程度が軽く、治療期間も短いと見込まれる場合には、手続きの負担に見合わないこともあります。
過失割合の見通しと、想定される治療期間を踏まえて判断することになります。
⑥ 一括対応との関係
多くの事案では、相手方の保険会社が医療機関へ治療費を直接支払う一括対応という取り扱いがなされます。この場合、被害者は窓口での負担をしません。
一括対応中は自由診療となることが多い
一括対応がなされている場合、自由診療で治療が進むのが一般的です。窓口負担がないため、被害者が治療費を意識する機会は少なくなります。
こちらに過失がない事案であれば、この形で進めても不利益は生じません。治療費の全額を相手方が負担するためです。
過失がある場合は切り替えを検討する
一方、こちらにも過失がある事案では、治療費が高額になることが最終的な受取額に影響します。
この場合、一括対応を受けている段階から健康保険への切り替えを申し出ることも考えられます。保険会社に意向を伝え、医療機関とも調整することになります。
打ち切り後の切り替え
保険会社が治療費の支払いを打ち切った後、治療を継続する場合には、健康保険を使うことになります。
この時点で初めて第三者行為による傷病届を提出することも可能です。打ち切りの連絡を受けたら、まず保険者に相談されるとよいでしょう。
⑦ 人身傷害保険との関係
ご自身が加入している任意保険に人身傷害保険が付帯されている場合、この保険から治療費の支払いを受けることもできます。
過失割合の影響を受けない
人身傷害保険は、ご自身の過失の有無にかかわらず、約款に定められた基準で保険金が支払われます。そのため、過失割合が大きい事案では有効な選択肢となります。
また、相手方との示談交渉の結果を待たずに支払いを受けられる点も、生活への影響を抑えるうえで意味があります。
健康保険との併用
人身傷害保険を使う場合でも、健康保険を併用することができます。健康保険で治療費を抑えたうえで、自己負担分を人身傷害保険から受け取るという形です。
どの制度をどう組み合わせるかは、過失割合の見通しや保険の内容によって変わります。事故の状況を整理したうえで検討することになります。
⑧ 労災保険との使い分け
通勤中や業務中の事故であれば、健康保険ではなく労災保険が適用されます。
労災保険の特徴
- ・治療費の自己負担がない
- ・過失相殺による減額がない
- ・休業補償給付を受けられる
- ・障害が残った場合の給付もある
労災保険には過失相殺の適用がないため、こちらにも過失がある事案では、労災を使うことで負担を抑えられます。
健康保険は使えない
業務災害や通勤災害に該当する場合、健康保険を使うことはできません。誤って健康保険で受診した場合、後から切り替えの手続きが必要となります。
なお、労災保険からの給付と、相手方からの損害賠償を二重に受け取ることはできません。重複する部分については調整が行われます。
⑨ よくあるご質問
Q. 病院で健康保険は使えないと言われました。
A. 法律上使えないわけではありませんので、使用を希望する旨をあらためて伝えてみてください。それでも応じてもらえない場合には、加入している健康保険の保険者に相談する方法があります。保険者から医療機関へ説明がなされることもあります。
Q. 健康保険を使うと、慰謝料が減りますか。
A. 慰謝料は入通院の期間や日数をもとに算定されるため、健康保険を使ったかどうかによって変わるものではありません。治療費が抑えられることで、受け取る総額が増える場合があります。
Q. 整骨院でも健康保険は使えますか。
A. 施術の内容によります。骨折や打撲などに対する施術で、医師の同意がある場合には健康保険の対象となることがあります。一方、慰安を目的とする施術は対象外です。通院を始める前に、医師と相談されることをお勧めします。
Q. 第三者行為による傷病届を出さないとどうなりますか。
A. 保険者が加害者へ求償できなくなるため、後から医療費の返還を求められることがあります。健康保険を使って治療を受ける場合には、必ず届出を行ってください。
まとめ
交通事故における健康保険の利用について、本記事で整理した内容を振り返ります。
- ・交通事故による怪我でも健康保険は利用できる
- ・医療機関が断ることがあるのは、法律上の制限ではなく事務上の事情による
- ・自由診療は診療報酬の単価が高く、治療費の総額が大きくなりやすい
- ・こちらにも過失がある場合、治療費を抑えることで手元に残る金額が増える
- ・自賠責の枠を超えそうな場合や、相手が任意保険未加入の場合にも有効
- ・利用には、保険者への第三者行為による傷病届の提出が必要
- ・通勤中や業務中の事故には健康保険ではなく労災保険が適用される
「健康保険に切り替えるべきか判断がつかない」「治療費の支払いを打ち切られた」といったご相談を承っております。過失割合の見通しも踏まえながら、進め方をご一緒に検討いたします。

